2025.12.26号
多くの種目で素晴らしい結果を残し閉幕した
東京デフリンピック。
湘南ジャーナル9/5号で紹介した湘南ゆかりの
デフアスリート4選手にコメントをいただきました。

写真下2点: ©東京都
茨 隆太郎選手
(デフ水泳日本代表)
東京2025デフリンピックの開催決定翌日から、今大会に向けた約3年間は、練習のたびにこれまでにないほどのプレッシャーと戦い、時には吐きそうになるほど自分を追い込む日々が続きました。思うようにいかず悩むことも多くありましたが、それでも常にそばで支えてくれた家族、共に切磋琢磨してきた東海大学水泳部の仲間、陰で尽力してくれたコーチ陣、そして応援してくださったすべての皆さんの存在が、私の背中を力強く押してくれました。そして、自国開催という特別な舞台で戦えた日々は、まるで夢のようで、人生の中でも忘れられない時間となりました。特に金メダルを獲得した際、満席の会場で手話による国歌斉唱を表現し、応援してくださった皆さんとあの瞬間を共有できたことは、胸が震えるほど感動し、誇らしく感じました。まさに一生の宝物です。自国開催という夢のような最高峰の舞台に立ち、その景色を全身で感じられたことに、心から幸せを噛みしめています。また、デフリンピックにおいて、これまでの最多記録である通算21個のメダル獲得数を更新し、26個のメダルを獲得することができました。日本人選手として最多メダル獲得数の更新は、私ひとりだけの力だけでは成し遂げられませんでした。支えてくださった皆さんのおかけで、ここまでやり遂げることができました。本当にありがとうございました。

©東京都
中田 美緒選手
(デフバレーボール女子日本代表)
自国開催ということもあり、不安やプレッシャーもありましたが、多くの皆様に応援していただき、優勝の瞬間をお見せすることができて本当に嬉しく思っています。大会期間中、特にバレー会場は満席で、入れなかった方が多くいらっしゃったと聞き、私自身も想定していなかったほどの盛り上がりでした。そのことで、デフリンピックやデフバレーを多くの方に知っていただけたのではないかと感じています。また、デフリンピック2大会ぶりの金メダルでもあり、金メダルに対する想いもこれまでとは大きく変わっていました。今回の優勝は、これまでお世話になった方々に恩返しができた金メダルだと強く感じています。

©東京都
長谷山 優美選手
(デフバレーボール女子日本代表)
今回、東京2025デフリンピックのバレーボール競技において、金メダルを獲得することができました。自身にとっては3回目のデフリンピック出場でしたが、金メダルをを手にした瞬間の喜びは、言葉では言い表せないほど大きなものでした。2022年のブラジル大会では、準決勝まで勝ち進みながら、コロナ感染により棄権せざるを得ず、あと一歩のところでメダルを逃しました。あの時の悔しさは今でも忘れられません。だからこそ、「必ずリベンジして金メダルを獲る」という強い目標を胸に、この3年間、チームの仲間やスタッフの方々とともに団結力を深め、レベルを高めてきました。そして、家族や友人、会社の方々をはじめ、本当に多くの方々の温かいサポートのおかげで、こうして金メダルという最高の形で恩返しをすることができ、心から嬉しく思っています。大会期間中は、デフバレー会場に毎日のように入場制限が出るほど、多くの方々が応援に駆けつけてくださいました。その景色を目にするたび、胸の奥が熱くなりました。私は金メダルを目指すことに加えて、「デフバレーって面白い!」とより多くの人に感じてもらいたいという思いを持っていました。そのため、競技そのものの魅力をプレーで伝えられたこと、そして実際に多くの方から「とても面白かった」「迫力があった」といった声をいただけたことが、大きな喜びでした。競技を通じて、デフスポーツの新たな可能性を広げる一助となれたのなら、これ以上の幸せはありません。本当にありがとうございました!

©東京都
髙濵 彩佑生選手
(デフバレーボール女子日本代表)
今回が2回目のデフリンピックでしたが、前回は途中棄権という悔しい結果で終わってしまい、次こそは絶対に金メダルを取るんだという気持ちで練習に取り組んできました。そして、無事に金メダルを獲ることができ、非常にホッとしています。ただ、私の中ではコートに長く立てられなかったことが心残りでもあるので、次のデフリンピックではコートに少しでも長く立ってチームの勝利へ貢献できるように今からでも練習を頑張りたいと思います。バレーに対する思いが、いろんな意味でさらに大きくなった大会でした。それでも、100周年という特別な大会で、しかも東京という場所で、このような結果を残せたことにとても嬉しく思います。たくさんの応援、ありがとうございました。
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